ミルケアの顧問である小西先生を中心とした「理研の赤ちゃんの睡眠や発達障害に関する研究ユニット」において、産婦人科分野を担当している諸隈誠一先生は、九州大学で胎児の動きの研究をしています。世界的にも珍しい胎児の研究の現況について聞いてみました。
研究は、振返りから前向き調査へ
諸隈先生は、普段は九州大学にいらっしゃるんですよね。赤ちゃん学会との関わりはどれくらいになりますか?
赤ちゃん学会が学会になる前の研究会の段階からなので、20年以上、小西先生たちと研究しています。他分野の研究者の方と関わることができ、毎回、自分の研究のヒントがもらえます。
赤ちゃん学会での直近のテーマは“音”なのですが、乳幼児の音環境が大事なことが分かってきています。胎児では、たとえば、音自体は、私たちが聞いている音から2、30デジベル落としたくらいの結構な音圧で胎内に入ってきています。音を分解して、何が胎児に伝わっているのか、どの周波数に反応するのか詳しい研究をしてみたいと考えています。
ミルケアが提唱している妊娠から2歳の誕生日までの最初の1000日が人の健康に大きなインパクトを与えるということについては、どう考えていらっしゃいますか?
研究過程にあることも多いのですが、大切な時期であることは間違いありません。。
成人病(生活習慣病)に関係する遺伝子の働きを調節するメカニズムの多くが、胎児期から生後1年くらいまでの間に決まるというDOH a D説(成人病胎児期発祥説)が1990年代に疫学研究で言われるようになって、動物実験がはじまって、一般的に広まりはじめたのは、今のお母さんたちの世代ではないでしょうか。
DOH a D説自体は、栄養が足りなかった時に生まれた子どもが成人病になりやすいというところから始まり、栄養不足だけではなく、ストレスや生活習慣などお腹のなかにいるときの環境が生まれた後の発達に影響を及ぼすことが分かってきたところです。
現在では、振り返り調査ではなく、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるときから13歳になるまで健康状態を定期的に調べる、環境省が行っているエコチル調査のような前向き調査ができるようになりました。これによって研究の精度も上がっていくと思います。
発達段階で、胎児には個性が認められる
諸隈先生は、なぜ胎児の動きを研究しようと思ったのですか?
心療内科に興味があって医学部に入学したのですが、入学後はずっと運動していたこともあって、整形外科に行くかなと考えていたんです。決定の決め手にかけていたところ、医学部生は各科をローテーションして見てまわるのですが、産婦人科で胎児エコーを見る機会があり、興味深いなと思ったことがはじまりです。そのころは、胎児に関する研究が盛り上がりはじめたところでもありました。
胎児を診ていると、発達過程に既に個性があるんです。研究者としては困るところはありますが、ひとりひとりの発達過程が違うのは興味深いです。
胎児の動きの研究ではどのようなことが分かってきていますか?
胎児の動きは、夕方から夜にかけて活発になります。お母さんと胎児の活動時間は8時間くらいずれています。 体内時計によりつくられる「サーカディアンリズム」は、胎児ではお母さんの影響を受けていて、お腹の中では「お母さんの臓器のひとつ」として、胎児が活動しているのではないかと言われています。
さらに、胎児期の動きと産後の個性の結び付きについてはまだ分かっていないので、赤ちゃん学会の他の分野の研究者の方と研究の真っ最中です。
胎児研究は世界的に発展途上、だから挑戦する
胎児の動きに関する研究は、世界的に盛んなものですか?
粘って観察しないといけないので、そういうことが好きなお国柄のところでありますが、世界的にもまだ少なくて。ヨーロッパで数カ国です。
胎児に関する研究は研究すること自体も難しく、研究の時は1回あたり1時間エコーを見せてもらうのですが、それが限界です。また、お母さんと胎児の状況も刻一刻と変わっていきますし、個体差もあります。
そもそも産婦人科や小児科医は少ないため、臨床の方が忙しくなると研究どころではなくなります。
大事な研究だけれど、研究を続けるには、なかなかハードな分野なんですね。それでも先生が研究を続けるモチベーションはどこにありますか?
胎児に関しては、分かっていないことだらけで知的好奇心が掻き立てられるというところもありますが、本人が成長していく過程で発達障害などで苦しんで欲しくないですし、その子を育てるご両親も困るようなお産を減らしていきたいので取り組んでいます。
文:Momoko Nakamura