大学在学中の19歳のときに任意団体manmaを設立した新居日南恵さん。現在は、若い世代の主体的なライフプランニングを支援する「家族留学」の取組みのほかに、埼玉県や長野県から委託を受け、ライフデザイン支援の事業も行っています。これから結婚・出産・子育てを迎える世代の価値観や意識について、また新居さんから見える現在の子育ての課題について伺いました。

カフェでは伝わらない家族のリアル

子育て中の家庭に学生が1日体験留学する「家族留学」。2015年1月に開始して以来、現在では500人を超える学生が参加されているそうですね。この取組みはどのようにして始まったのでしょうか。

そもそも自分のキャリアについては、いろいろ情報を得て将来を考える機会がありますよね。就職なら「就業体験」ができるインターンシップ制度やOB・OG訪問もある。ところが、結婚、妊娠、出産となると、ゴシップ記事のような情報ばかりで、すごく違和感があったんです。キャリアは情報を得た上で選択していく、でも不確定要素は必ず出てくるし、柔軟に乗りこなしていくことも必要ですよね。結婚や妊娠、出産、子育ても同じじゃないのか、事前に多様な情報を得て、自分にとって何が大切か考えて、都度対応していくのがあるべき姿なんじゃないかと。

そんな思いで、まずは、カフェで子育て中のママの話を聞く会をスタートしました。でも、学生は結婚・出産に興味はあっても、大事なのは目先の就活でなかなか人が集まらない。それにカフェで話を聞いても、いまいちピンと来ないし、学びも深まらない。

そんなとき、協力してくださっていた女性が「そんなに結婚とか出産に興味があるなら、うちに来てみない?」と声をかけてくださって。初めて、自宅で結婚や出産、子育てを含めたその方の人生について、詳しく聞きました。産後のこと、東日本大震災にあったときのこと、その後の離婚のこと、今の暮らし…。それはカフェで聞くのと全然違ってとてもリアルで、今まで知らなかったその女性の日常の生活やママとしての姿を知ることができ、心に残りました。すぐに、試験的に同じ形で何家族かにお話聞かせてもらったら、やっぱりカフェで聞くのとは違う。「これは」と思い、家族留学として始めました。最近は女性だけでなく、男性の参加、カップルでの参加も増えています。

「家族留学」の受入れ先を探すのは大変ではないですか?

ありがたいことに、多くの方が積極的に協力してくださって、大変と思ったことは、意外とないんです。試験的に「家族留学」をしたときにも、その方たちがSNSでその時の様子を書いてくださって、それを見たお友達が「おもしろそう!」と登録してくれる。また、新聞やネットの記事を見て、登録してくださる方もいます。よく「そんないい人がどこにいるの?」といわれるのですが、OB・OG訪問を受け入れる感覚だったり、あとは私たちが思っている以上に、子育て世代の方たちの方が、若いうちから知って考えておくことの大事さについて、当事者として困難を乗り越え、伝えたいことがある人が多いのかもしれません。

受入れ家庭では学生はどのように過ごし、どんな印象を持つのでしょうか?

家族留学で決めているのは1日5時間以上、できるだけ普段どおりご家族と過ごすということだけ。どう過ごすかは、各家庭が、お互いの負担にならない範囲で、家族の様子が一番伝わるよう提案してくれています。あるご家庭では、訪問時間を14時~20時に設定して、下の子が保育園にいっている間にゆっくり学生と話をして、その後一緒に保育園にお迎えにいく、そのうちに上の子も帰宅して遊びつつ、ご飯を作ってみんなで食べるというスケジュールでした。実際いってみると、ご飯を作る家庭もあれば、ご飯を買って帰る家庭もあり、家事代行サービスを利用している家庭もあり、いろいろあります。

学生のなかには、まだまだ女性が子育てしながら働き続けることに対して、「スーパーウーマンだけができること」というイメージを持っている人もいます。だから、家にいって、目の前でワークライフバランスを実現している家族の姿を見ると、その家族に親近感を持ちますよね。今まで別次元と思っていた世界が「大変そうだけど、なんとかなっている」と実感することはとても大事です。

よくも悪くも「結婚」は1つのオプションに

少子化が深刻な問題となっています。manmmの活動を通して、いま、学生は仕事や結婚、出産についてどのように考えているとお考えですか?

まず、明らかに仕事観は終身雇用が前提だった親の世代とは変わってきています。若い世代は会社が当然30年後もあるわけじゃないというのを感じつつ育ってきた。過労死やらサービス残業やらパワハラやらが日々ニュースになり、就職できても安泰はないと分かっています。仕事がすべてではない。就職するのもしないのもあり、転職も当たり前、フリーランスだってOK、選択肢が多い分、みんな自分の人生を長期的に考えなくてはいけなくなった。一方で珍しかった離婚もいまは身近で、「結婚=幸せ」の価値観もない。出産しても仕事と両立できるのか、将来に漠然と不安を抱える学生は多いと思います。

逆をいえば、現役の子育て世代が、仕事や結婚・出産の経験を通して、いまどれだけHAPPYなのかという情報が圧倒的に足りていません。よくも悪くもいまの学生にとってみたら、結婚も出産も人生の1つのオプションに過ぎない。そこで、あえて結婚、出産を1人1人が選択していくためには、経験してみたら意外と楽しいんだってことが実感としてわからないと無理、子どもなんて触ったことがない、親戚の集まりがあるわけでもない、赤ちゃんを見てかわいいと思ったことがない人に、「産んで」といっても厳しいです。

そこに「家族留学」の意味があると。

はい。純粋に交流の機会を増やしていきたい。そして、家族留学は、受入れ家庭にとっても良い機会になってほしいと思っています。たとえば、夫婦でも、何で結婚したのかとか、これから家族としてどうなっていきたいかは改めて話すことは少ないです。でも、学生に聞かれて初めて言葉にして伝えあって、自分たちの選択に自信がもてるようになったとおっしゃる方はとても多いんです。夫婦でもコミュニケーションが足りない。家族留学は受入れ先にとっても、風穴をあけるいい機会なのかもしれないと感じています。

両方を知ったときに始まる、もっともっとの模索

いまの若い世代は、私たち現役子育て世代に何を思い、期待しているとお考えですか?

家族留学に取り組んできて、捨てなきゃいけないものが見えなくなるくらい、得るものしかないと思えるくらい、いい家族がたくさんあるって分かってきて、それって若い世代にとっては、すごいことです。家族はこうあるべきという昔からのイメージも払拭されて、それぞれの理想がアップデートされ、希望につながっていく。だから、現役の子育て世代の方たちには、もっとオープンに結婚、出産、子育てのいいこと、悪いことを教えてほしいと思います。

家族留学した学生たちは、子育てって代えがたい喜びがある一方でこんなに体力使うんだ、大変なんだと、子育ての本当のところを知るんです。受入れ家庭で、食事は買ってきたっていい、家事は代行業者、夏休みは子どもをキャンプに送り出すという手もある、話を聞いて学びながら、しんどくならない自分らしいやり方を模索し始める。こんな仕組みがあったらいい、こんな風にくらしていきたい、5年後、10年後の社会、テクノロジーはどうなっているのかな、結婚・出産を含めた暮らしについて興味が出てくれば、今まで以上にずっと具体的に将来のイメージが描けるようになっていくんじゃないでしょうか。

最後に、今年、manmaは埼玉県庁の事業を受託されたそうですね。

はい、「まだ見ぬわたしに出会うたび」というテーマで、ライフデザイン構築支援プロジェクトを始めました。埼玉県在学、在住、在勤の未婚の男女を対象に、埼玉県の子育て家庭に家族留学してもらうプロジェクトです。私たちが取り組んできた家族留学をパブリック側から作っていけるということは、とても意味があるし、おもしろいと思います。結婚や子育てにいいイメージがない、いいイメージを描けないという若い世代に向けて、そのイメージをプラスに転換していけるようなプログラムを今後も他の地方自治体にも広げていけたらと思っています

写真:Naoki Hirabayashi

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